先週末、建築家協会(JIA)世田谷地域会主催の「想い出の公共建築を使いつづける知恵」と題した区民との意見交換会が北沢タウンホールで行われ、区長や副区長も参加した。
世田谷区民会館・区役所は指名設計競技(日建設計/佐藤総合計画/山下設計/前川國男)によって選ばれた前川國男の設計で、1959年に竣工してから55年が経過した現在、老朽化を主な理由として世田谷区議会では建替えの議論が進んでいるようだ。しかし、区庁舎建替えという区民に多額の税負担を強いる重要な出来事への区民の関心が低いのは何故だろうか。私の知り合いでも建築関係以外で建替え計画を知る人はいない。聞くところによると、区職員の多くは区外に在住のようだが、自分の持家に対しては愛着を持ち、手入れをしながら資産価値を下げない工夫をされているのではないだろうか。世田谷区庁舎も同じことである。少々言い過ぎかもしれないが、区民の大切な税金で建てた区民の資産である庁舎を大切に使い続けることは彼らの最低限のマナーだとの思いがある。
日本を含めた先進国の建築は現在「資源の有限性」「人口減少に伴い高度成長から低成長へ転換」「建物ストックの有効利用」「廃材処理による環境問題」等に直面しており、安易に建築物を建替えないことが世界の潮流となっている。また、短命な住宅建築の原因となる相続の影響は公共建築にはない。このような中、幸い2013年度のDocomomo選定作品となったことは、区の庁舎を皮切りに価値ある近代建築を長く使いつづける先進国の潮流に乗れるチャンスと捉えて良い。区長をはじめ、関係者の皆様にはこれからの時代を見据えた懸命な議論を進めていただきたい。
意見交換会では「コミュニティとしての区民意識を喚起する設計理念が初めて提唱されたコミュニティセンターであること」「区民により世田谷の風景資産に選定されたこと」「建替えを見込んでか、これまで修理や空調設備の更新をしてこなかったこと」「区民の意識が低いのはリノベーション(改修)の可能性を知る機会がないこと」「防災の観点からは、広い世田谷区では災害時に職員が来れない可能性も高く、総合庁舎への機能集中より機能分散による共助が重要であること」「リノベーションの公開コンペを実施してコミュニティとしての区民意識を喚起する必要があること」「以前は都市デザイン室で公開コンペが行われていたが最近はみられなくなったこと」「コンクリートの強度試験結果を公表するべき」「前川の代表作である上野の東京文化会館は隣接する国立西洋美術館(重要文化財)と一体的な価値があること」「内装に洗いをかけ照明を変えるだけでも随分印象が変わる」等の意見が区民、専門家、副区長から出された。
それに対して途中参加の区長からは「Docomomoによる選定は重く受け止めるべき」「大場区長の時代に分庁化したことで駅前立地で利便性が向上した現在、区の総合庁舎は最小限の役割+世田谷支所は三軒茶屋へ移転する案があること」「国民ナンバー制が始まると、役所の窓口業務が減り業務内容が集約される等で20年先は読めない」など、庁舎を保存して使い続けることに前向きな意見をもたれている一方で、「日本人は新しいものが好きで新しく建替わることに対して異論を持つ人が少ない」等の指摘もされていた。
リノベーションにより新しく蘇る庁舎の幅広く多様なイメージを区民が共有し、議論する場があれば、これからの庁舎の在り方「世田谷方式」(野沢正光氏が提唱)としてコミュニティである区民が自分たちの庁舎として誇りをもてるものと確信した。しかし、区の職員や議員が一人も参加していないのには本当に驚いた。
Docomomo:モダンムーブメントの歴史的・文化的重要性から保存を促す世界的な組織。